2010年5月4日火曜日

水俣メモリアルモニュメントデザインコンペティション落選案  1995年








かつて豊穣の海であった水俣湾の恋路島は、水銀汚染により長期にわたって入島が禁止されてきた。今回水質の回復により34年ぶりに開放された同島は汚染被害の証言者であり、再生の象徴であり、最大のモニュメントであると言える。

この提案は恋路島と回転対称形をなす人工池を造成することを主な要素とする。この池は「調和」への願いであり、水の問題が永久に忘れ去られないことを祈念する。人工池に浮かぶ彫像は「発芽する種子」と「水中に没する眼球』をイメージしている。

「人口」という概念のための廟・建設プラン 1994年

地球上の全人類をラッシュアワー時の電車並みの密度で寄せ集めると、その面積は佐渡島とほぼ同等になる。つまり現存全人類の墓所を建設するならば同島で事足りるということ。これを広いと見るか狭いと見るかは人それぞれの主観であろう。
1994年川崎製鉄デザインコンペ「21世紀の鐵学・生活空間の再生」入選作




「人口」という概念のための廟  1992年


JAM PACK 開放と抑制  1990年





二次大戦後、ある科学ジャーナリストは、最終兵器を手中に収めた人類の無軌道ぶりを嘆いて自害したという。かたやある鍛錬家は、逆に管理社会の行く末にアリの様に変わり果てた人類の未来を幻視し絶望のあまり餓死したという。
このインスタレーションは飛行機と変電所をイメージしたものである。たとえばそれは捕虫網に捉えられた蝶のごとく。あるいは開け放たれた鳥籠から飛び立とうとするカナリアのごとく。

JAM PACK 開放と抑制 1990年  池田陽一(音楽)とのコラボレーション。ギャラリーサージュ・神田


万象の変容`88「沈む地平」/14人の6日間にわたる相互侵犯 1988年


【沈む地平/14人の6日間にわたる相互侵犯】埼玉県立美術館

以下開催時のリーフレットより。


 今回のこの試みは、主としてインスタレーションと呼ばれる表現形態によって発表活動を続けている14名の作家により、およそ次のような方法で行われます。

 参加作家はまず各自自分自身の作品を会場に搬入設置します。次に会期中連日にわたって互いに他の作家の作品に自分の表現なり思考を加え、相手の(作品・表現)の領域への具体的な介入を試みてゆきます。

つまり各々の作家が、他人の作品に具体的に手を加え、また他の作家によって手を加えられた自分の作品を受けとめながら、各々の表現行為を現場で展開してゆく訳です。

 インスタレーション(架設、設置の意味)という表現形態は、設置される空間そのものへの依存度が強く、その場その場での一回性としての展開を要求される点からも作り手の欲望・願望や目的と、空間・素材との、相互に浸透的な干渉関係を強く要求されるものです。そこでは、作家の個性・オリジナリティ等と作品・表現の一致性とか、作品の普遍的自立性の確立などと呼ばれる問題は、表現全体の中で相対化され、半ば放り出された形のまま提示されています。そしてそのような場で、記憶の総体へアプローチし、パターン化され管理化された欲望や感覚や思考を揺さぶる可能性こそが試行されて

いるのです。今回の試みとは、インスタレーションという表現形態そのものに内包されているこのような要素を、さらに相乗

化させてゆこうとするものです。

 参加作家の相互インスタレーション、すなわちそれは、互いの作品をも空間の与件として捉えることであり、同時に、参加作家各々の内面にまでインスタレーションを試みることを意味しています。

 「沈む地平」というタイトルは天動説から地動説への移行課程で起こった価値の相対化を模した言い回しです。自らの作品の根拠さえもが他者の手にかかりズタズタに引き裂かれてゆく可能性を残した今回の試みでは、表現を取り巻く今日的な問題が個々の作家にとって、よりラディカルな形で問われてくると思われます。つまり、この試みを通して、表現の自立性、自己同一性への確執、主体と客体の関係、欲望と制度など、今日の様々な、しかしある強力なつながりを持った問題が裏返しー裏返された論理や感情とともにたち現れてくることを期待しているのです。



世界地図



世界地図part1 Gallery Q 1986年
素材: 杉間伐材、布、顔料、膠 


世界地図part2 Gallery Q+1  1986年
素材: ガラスコップ、牛乳、コンドーム、模型飛行機、額装されたイヌイットの絵葉書

装い〜「もうそこには居ない。」 TAMAGAWA TAKASIMAYA 1986 Spring Promotion



石になろうと思えばなれそうな気がするけど、なると元に戻れない気がするのでその気になれない。  1985年